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【早稲田大学を卒業しました】

早稲田大学を、卒業しました。

 

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早稲田大学に入学】

 

 富山県高岡高校でもほとんど最下位の成績であった自分が、早稲田大学なんて学校に入学し卒業できたのは信じがたい事実。

 英語と日本史だけ好きで勉強していて受験自体はエベレスト並みの山を張ったようなもので、見事にエベレストの山が当たって無事入学。

 「東京に出たい」って一心で、大学受験。受かった。

 クラスメートからは憎まれた。

 実際に入った早稲田は、施設の整備、図書館の大きさ、人も文化も新鮮だった。

 「早稲田すごいな...」そんな他人事のような感覚で、未だに入学した感覚はない。

 閉鎖的な繋がりから、閉鎖的にしたくてもできないような「大学」という環境は自分には夢を持たせた。

  【選択後のストーリーに良し悪しはない。】 

 別に早稲田に入りたくて入ったわけじゃない。

 (入りたくて入った方、入りたくても入れなかった方には申し訳ないです。)

 ただ、東京に出たかっただけ。

  けれども、早稲田で出会い、そこからの学びや経験を得て、今の自分がある。

  大学で得た経験と学びを3つほど記憶にあるのでご紹介します。

 

 ①テニスサークル

 

 最初の学生証を貰いに大学に行くときに、日本の大学では一番活発であるらしいサークル勧誘活動が行われていて、驚きと面倒くささを覚えている。

 「サークルってなんだ?」「ゼミって何だ?」

 そんな状況で、歩いているとテニスのサークルの秋山さんという方に出会う。

「科目登録終わったの?」と声をかけられ、科目登録というものの存在を知らずに、教えてもらった。(あと少し遅れていたら、前期の単位をすべて落とすところだった。)

 何かの縁だと思って、親切にもしてもらい、サークルに入会。伝統的であり、面倒くさいことしかなかったけど、秋山さんという方には良くしてもらいすぎて尊敬する先輩であったので逆らえず、結局毎日テニスやサークル員のことを考える幹部にもなった。ここでは仲間や先輩に対するつながりや仁義の大切さを知った。

 僕の初めての大学生活のきっかけである。何もわからず、何も知らず、親切にしてくれた方がきっかけで、今でも大切にしたい人生の大事な視点を与えてくれた。

 例えば、僕は今いわゆる「意識高い系」と属される方々と接するが、サークルやバイトばかりしている人たちは少し「意識が低い僕らは何が世の中に評価されるのか」というネガティブ思考に陥る。実はそんなことなくて、「経験してきたことから何を抽出するか」という事が大事であって、何をしてきたかが重要なことではない」という目線に立てるようになった。僕も世間的はちゃらついた飲みサークルとくくられるところの出身だからである。

 話を戻して、このサークルは「何かに熱心に取り組むこと」「全力でやる事」などそういうことを大切にしていたサークルだが、非効率極まりないものであった。僕はそうではなくて、サークルで学んだことは「誰かは何かしらのバリューを発揮できる役割がある」という事である。

 僕は特に盛り上げることが上手であり、何かに疑問をもって徹底的に追及することに長けていた。ぼくなんかテニスは強くないし、頭もよくない。「サークルとして試合に勝つこと」を目標にする自分が何の役に立てるのか。と考えていたけれど、僕の盛り上げるという能力は、組織における幹部の誰も得意としなかったことであり、それが自分のバリューになった。組織運営における僕のやるべきことは明確であった。

 サークルとしても、かなり体力的にも金銭的にも厳しい幹部を前に辞める人が続出するが、それを引き留めるという行為が常習的に行われる。

 その在り方としても、自分は違和感を感じていて、「その組織にいたいかいたくないかは自ら決めることであり、その決定する判断要素を提供することが僕たちの役目である」という考えがあり、サークルの後輩や同期には「自分の人生は、自分で決めてください。」というサークルの先輩らしからぬ提言を全体の場で発言していた。

 こういう風習の組織は多いのではないかと考えている。自己利益のために、他者の利益を考えずに一方的なコミュニケーションを行い、半ば関係性を武器に留まらせる。その人の次の一年間をどうするのか、本気で考えられる選択をしているかどうか。そんな大事な観点が抜けていると知っていて、見過ごすことはできなかった。

 そんな40年間余りの先輩たちが作り上げてきた伝統に、波を立てるような人間だったけれど、いい仲間と同期と先輩に恵まれて、素晴らしい早稲田大学での思い出であった。

②音楽イベントの活動と大学

 サークル活動と並行して、音楽イベントを行っていた。学生団体というよくわからない組織で在りながら、都内や東北でのイベントの運営に従事した。

 「音楽で人を感動させたい。そんな場を自分も作りたい」 ってきれいごとを夢にしたくて、頑張ってた。

 そんな中で自分たちの音楽イベントは「太陽光を使ったエコなフェスの開催」を目指していて、早稲田大学の数ある豊富な授業の中で環境エネルギーのフィールドワーク授業を選択。岡田先生というなんとも早稲田らしい講師の方に出会う。

 地域活性化のよい事例として、山形県小国町に連れて行っていただき、多くの地域の方に出会った。

 目的は達成できたかと言われればきわどいけれど、いわきおてんとSUNの島村さんや青木さんのような、ライスワークでなくライフワークを行っていて、人生を充実している「ロックンロール」な方々に出会って自分の人生の在り方のモデルケースにもなった。生き方や人生の在り方の一例を知り、「やりたいことはないけれど、ありたい姿があればいい」というスタンスの発見になった。

 これもまた、早稲田大学にいたからこその恩恵だった 。

③社会での躓きと大学の授業

 

 ハイロメルという会社で関わらせていただいている中で、組織の運営が難しくなった。どうすればよいのかわからなかったが、早稲田には「組織経営論」という授業があった。

 「組織を経営するためのリソースとその活用の仕方」を教われる授業であるが、非常に為になった。自分の中で、とても利になるものであった。

 社会人が「大学でもっと勉強しておけばよかった」というものを、大学生で体感ができたのであった。大学のありがたみや、教えている存在意義を知った。なんならすべての教えていることや学んでいることに意味があって、それを理解しなければいけないと感じた。教える側に問題があるという事もよく言われるけど、享受する側にも問題がある。相互のインタラクティブなコミュニケーションをを大学と社会で経験できるような仕組みがあれば、大学ももっと有意義なものになると感じた。

 こういう経験も、早稲田大学で経験できたことだ。

 

選択後のストーリーに良し悪しはない。

 どこの大学に入っても、どこに所属してても、結局はその人がどう感じ取れるかという事に尽きる。 どの選択をしようが、人それぞれの出会う人や、経験も違う。

だから面白いのである。

うちの会社の経営陣は全員中卒or高卒で構成されている。それでも社会人になぞると「優秀」な人たちである。

では大学に出ることは何がいいのか。

特になにもよくない。

ただ、そこでしか経験できないことや人はある。

 

その経験や、そこから学び取れるものを確かにして、

自分の人生の次のステップに活かすことが大事である。

 

僕は相変わらず、早稲田での成績はよろしくもないし、輝かしくもない。

けれど、出会った人たちで人生に誇れる人たちはたくさんいる。

 

富山も今思えば別に悪くなかったし、

富山で自らチャンスをつかめる機会もたくさんあった。

 

友人のリオオリンピックの登坂なんて中学の時は「レスリングなんてマイナーな。」って思われていたであろうに、今や金メダルで富山の英雄だ。

 

その選択を良くするかどうか、よいと思えるかどうかは、その本人次第である。

 

 最後に大学とは、 自分の信じられる、一生かけて大切にしたい人やモノを見つけさせてくれた人生最大のモラトリアムな期間であった。

 

 そして、早稲田大学には「自由かつ自立せよ」という校風を叩き込んでもらえた。

僕は別に入りたくて入ったわけではなかったけど、誰がどういおうが、

 

入ってよかったと思っている。

 

ありがとう大隈重信。ありがとう早稲田大学

 

半年間フリーターですが、新田卓をよろしくお願いいたします。